オーナーのラファエルです、自己紹介させていただきます。


Bonjour みなさん!

軽井沢のフレンチアンティーク オ・ボール・ドゥ・ローのオーナー、手島 ラファエル(Raphaël) 勇です。
簡単に自己紹介をさせていただきます。

日本×フランスハーフの私は、母の国フランスで素敵なアンティークを買い付け、日本の皆様に販売しております。

母Armelleはフランスブルターニュ地方のSaint-Nazaireという町に生まれ、小学生の頃に家族ともどもパリに移住しました。
そして1955年、パリに外交官として赴任していた日本人の父と知り合い恋に落ち、父の帰国後に結婚のため単身日本に渡ってきました。

まだまだ発展途上であった当時の日本、フランス人女性と日本人男性の国際結婚はかなり珍しいことであったようです。

その後、私は次男として東京で生まれました。


父親の仕事の関係上、子供の頃は日本を離れることも多く、フランス、ベルギー、イランなどに住んで
いたことがあります。イランは1歳になる前に訪れた国で、最初に話した言葉はペルシャ語だったようです。

物心が付いてから後に住んだことのある外国はフランスとベルギーですが、もちろん現地の子供達と同じ学校に通っていました。
フランス人である母に育てられたということもあり、この時代はフランスやベルギーの人々と同じように西ヨーロッパ文化の影響を受け、現在でも何かの折にふとその文化が身体に染み付いていることに気付くことがあります。
先日、Googleストリートビューでブリュッセルの町を探したところ、小学生時代に住んでいた家を発見!
※写真はGoogleからお借りしました。


パリで美術系の学校を出ていた母親と「ハイカラ」で西洋美術に造詣が深い父親に連れられ、フランスやベルギーのみならず、折々の旅行で訪れたイギリス、ドイツ、オランダなども含めた各国の数多くの美術館を訪れることも多く、子供ながら西洋美術の素晴らしさに感嘆していたことを思い出します。

今思えばこの頃から西洋美術やアンティークに関する興味が芽生え、大人になってからの”勉強”では決して身に付かない、本物ならではの素晴らしさを感じる感性が育っていったのではないかと思います。


ここで時間を母親の両親の時代に少し巻き戻します。

冒頭でお話ししたように、母親はブルターニュ地方の町Saint-Nazaireの出身です。敬虔なカトリック信者であった祖父・祖母は6人の子供をもうけました。女性5人、男性1人の兄弟で、母親は3女でした。

祖父Yves Patrick Benjaminは職業軍人で、パイロットでした。今となってはその真贋を確かめる術もありませんが、あのリンドバーグが成功する前に飛行機での大西洋横断(無着陸飛行)にチャレンジしようとしていたところ、フランス政府にその飛行申請を却下され、泣く泣く諦めたと伝え聞いています。

下の画像は若かりし頃の祖母Germaineのポートレートです。パリに住んでいる叔母の家の壁に飾ってあったものを撮影したものですが、なかなかの美人だと思いませんか?


さて大人になってからの私ですが、IT、デザインなどアンティーク以外の仕事もいくつか経験してきましたが、やはり最後にたどり着いたのは子供の頃から大好きだったフレンチアンティークの世界です。

東京から移住の地として選んだ軽井沢も子供の頃に何度も夏を過ごした思い出深い場所ですし、やはり柔軟で感受性が強い子供時代に体験した出来事、感情は何歳になっても身体の奥深くに刻み込まれているものなのだとあらためて感じます。

オ・ボール・ドゥ・ローで心がけているのは、フランス現地でも評価が高く本当に価値のある本物のアンティークを日本の皆様に提供させていただくということです。もちろん日本の皆様の好み、テイストも考慮させていただいてはおりますが、一番のこだわりはやはりフランス人から見ても価値があり素晴らしいと感じるアンティークをセレクトするということです。
当店のラインナップをご覧になって、「あれ?ちょっとヨソと違うな」と感じられると思います。これはフランスの血が流れ、その文化を知る私ならではのスペシャルなセレクションのなせる技であると自負しております。


自分の出自のおかげもあり、フランスにはたくさんのパートナー、仲間がいます。買い付けのたびにその輪はさらに広がり、仕入れ商品の幅も拡大していきました。
半分は日本人の私ですが、現地ディーラーは自分達と同じようにフランス語を話す私を同胞として快く受け入れてくれていますので、普通であれば外国人には譲らない秘蔵のお宝なども入手することができるのです。

これからも皆様にフレンチアンティークの素晴らしさをお伝えしていきたいと考えておりますので、今後ともよろしくお願いいたします。



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